Photo by ohshima2520 in 18. Dec. 4

古代出雲博物館で体験!日本の建国神話と神々の世界


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今回は、島根県出雲市にある「古代出雲歴史博物館」で体験できる日本の古代の歴史、神々のいた時代とされる建国神話の世界についてご紹介します。

島根県出雲市は、日本の歴史においてとても重要な土地です。なぜなら、「日本建国神話」と深い関わりがあるからです。

日本では、人間が「クニ」を作る前は神様たちが「クニ」を築いていったという神話があり、その当時実際にあった出来事は今も謎の多い部分です。

そんな歴史とミステリーに深くかかわる「出雲」とその歴史について、博物館の展示を通してみていきましょう。


そもそも、出雲と日本神話の関わりって?

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クシナダヒメ。絵は江戸時代に描かれたもの。長年にわたり「古事記」「日本書紀」などが親しまれてきた証拠

「古代日本」とは、具体的には古墳時代〜弥生時代、おおよそB.C.3年あたりの時代を指します。

当時の日本社会は、アニミズムが信仰されており、そこから自然界の現象、そして人間社会の偉業を残した人物像を神格化して「神々が建国した」と考えていたのです。

神話は伝説ではありますが、その中の描写は実際の生活や概念と強い結びつきがあるのです。

さて、古代日本の歴史の上で、「そもそもなぜ出雲が重要なの?」という疑問に答えるために、建国神話のあらましを大まかに解説します。神話の解釈には諸説ありますが、ここではごく一般的に知られている説を説明します。

神話登場人物関連図(筆者作成)

はじめの神々 イザナギとイザナミの国生み

そもそもの始まりは、イザナギイザナミが日本の元となる陸地に降り立ち、クニのはじめを創るところから始まります。西洋では、アダムとイブが地上を治めたように、この二柱の男女の神々が日本では地上を治めていたのです。

姉のアマテラスと弟スサノオ

時は流れ、イザナギ・イザナミの間にはたくさんの子供が生まれました。それぞれ神々となって活躍しますが、特に重要な神が姉の「アマテラス」と弟の「スサノオ」です。

しっかり者の姉であるアマテラスは、両親から受け継いだ「高天ヶ原」を守りますが、弟のスサノオは乱暴者。姉を怒らせて高天ヶ原を追放されます。

スサノオとクシナダ、その子孫

追放された先で、スサノオはクシナダヒメと出会い、生まれた娘がスセリビメ。そしてスセリビメの元に婿入りしたのが、「オオクニヌシ」でした。

彼は、義理の父となったスサノオから「出雲を拠点に国を作れ」と命じられ、国造りのヒーローとなるのです。

オオクニヌシ、「葦原の中つ国」を建国する

オオクニヌシは活躍して出雲に「葦原の中つ国」を建国しました。多くの女神と子孫を増やし、国を繁栄させたのです。彼の築いた国は、日本国の礎として重要な場所になりました。

ところが、それを見ていた「高天ヶ原」の女神アマテラスは、「地上はイザナミ・イザナギの直系子孫である我々が治めるべき」と主張します。

アマテラス側の主張と対立

オオクニヌシは初め、この主張を退けました。出雲に築いた国を守るためです。そして彼もまたスサノヲに命じられた身であったので、国を治める権利があると考えたのです。

そして「国譲り」へ

双方の意見は対立し、争いがあったとも言われています。しかし、結局はオオクニヌシはアマテラス勢に「葦原の中つ国」を譲ることになります。これがいわゆる「国譲り」と呼ばれる歴史です。

以上の話は、「神話」とされており半分以上は伝説的なものです。しかし、長い間考古学などの分野で遺跡が発掘されたり生活の名残が発見されたことから、伝説ではなく事実としてなんらかの集落があり、部族間の衝突もあったであろうことが推測されています。

出雲博物館には、そんな歴史を物語る古代の品々が数多く収蔵・展示されています。そのコレクションから、いくつかをピックアップしてご紹介します。

古代出雲の神話と現実 古代日本人の生活を探る

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まじないと青銅の加工技術

古代の日本では、青銅を加工して儀式の道具を製造していました。青銅の剣や「銅鐸(どうたく)」と呼ばれる鐘の一種が、加茂岩倉遺跡をはじめ一箇所の遺跡から大量に発掘されたことから、当時は盛んにまじないが行われたと考えられています

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銅鐸―神を呼び起こす鐘

銅鐸は、一種の「鐘」として使われていたと考えられています。神々を呼び覚ますベルの形を、博物館では再現していました。

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身近に生息していたであろう動物が文様の
モチーフになっていることが確認できる

以下の動画で銅鐸の音を聞くことができます(筆者の作成した動画)。

銅剣―魔を断ち切るつるぎ

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銅剣は実用の武器ではなく、「魔物を断つ」ための祭儀用の道具でした。写真は、荒神谷遺跡で発掘された358本もの銅剣です。主に弥生時代、大陸から実用的な武器として伝わったものがやがて祭事用になりました。

いろんなかたち 埴輪を観察してみよう

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帽子らしきものを被った男性型埴輪。
素朴な作りながら、特徴をしっかり捉えている

粘土をこねて、人形や動物の像も作っていました。これは「埴輪」と呼ばれ、これも儀式に使われたものと言われています。こうした埴輪には、さまざまな形がありました。特に身近な動物である「馬」は、モチーフとしてよく使われました

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古代人のおしゃれ? アクセサリーとビーズ

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上2段は「まがたま」。太陽と月、陰陽を表すと考えられている

陰陽」を示すとされる特徴的な形の「まがたま」をはじめ、古代日本ではすでに、石を磨いてビーズに加工する技術がありました。キリのようなするどい刃物を、紐や板を使った装置で回転させて穴を開けていたようです。

現代人の感覚と同様に、透明な石、きらきら光る石は貴重な宝石でした。その貴重さから、神秘性を感じて儀式の道具にされたのです。

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ヒスイ水晶などが加工され、ネックレスなどアクセサリーにもなりました。ただ、現代使われるような「おしゃれ、ファッション」よりも、「儀式・占い用に身につける道具」としての性質が強かったようです。

古代出雲と日本の神話まとめ

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今回は、「島根県立古代出雲歴史博物館」の展示の中から、古代の日本と神話に関わる展示品をご紹介しました。原始的な世界とはいいながら、すでに金属や宝石を加工する技術が発達していたのです。

出雲は、銅鐸や銅剣など、古代日本の信仰に関わる痕跡を確かめられる場所として貴重です。古代出雲歴史博物館で「神代」と呼ばれ、神々が活躍したと言われる時代の跡を辿ることができます。

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