意外と知らない!浅草寺の雷門から本堂までの通な楽しみ方

意外と知らない!浅草寺の雷門から本堂までの通な楽しみ方

大きく真っ赤な提灯がぶら下がる赤い門−−「雷門」のある浅草の浅草寺と言えば日本人・外国人問わず人気の旅行先となっています。

しかし、実際に行ったことはあるものの、

「ただ仲見世通りを通って、本堂を参拝してきた」

…だけということはないでしょうか?

人も多いし、まっすぐ進むだけで精一杯かもしませんが、浅草寺は意外と広く、ちょっと道を逸れながら進んだほうが何倍も楽しくなります(もちろん浅草寺をさっと見てスカイツリーに移るのもよいのですが!)

本堂以外にも見るところはいっぱい!

下図は浅草寺公式サイトにある地図です。

浅草寺公式サイトにある地図

雷門・仲見世通り・本堂は確かに一直線ですが、その線から少し離れるだけで浅草寺には観るところがたくさんあるのがわかります。更に、浅草寺にはお寺が隣接しているため、浅草寺公式のこの地図には載っていないけれども、ほとんど歩かずに観ることができるお堂もあります。

では、今から雷門~本堂の間で観るべきスポットを紹介します。

その前に!「浅草寺」のこと、どのくらい知っていますか?

浅草寺には行ったことがある、という人にはたくさん会いますが、浅草寺について詳しく話せる方は少ないのではないでしょうか?

国内外から年間3000万人が来るという浅草寺についての歴史を、ちょっと知っておくと役立つことがあるかもしれません。

浅草寺は1400年近くの歴史があり、都内最古のお寺です。

隅田川のほとりに住む漁師の兄弟によって発見された仏像が、ご本尊である聖観世音の示現と言われています。その後お堂が修造され、源頼朝・足利尊氏・徳川家康等の名高い武将の崇敬を集めてきました。

しかし、江戸時代に江戸幕府が財政難に陥り始め、庶民の浄財によってお寺の修繕がなされ始めると、浅草寺は庶民との結びつきを強め、次第に庶民文化の発信地となっていき、今に至ります。

浅草寺発祥の地!「駒形堂」

駒形堂
Photo by Wei-Te Wong – 駒形堂

既にお話しましたが、浅草寺は漁師兄弟が漁の最中に仏像を見つけたことがその始まりです。

像が発見された後、その像を祀るためにお堂が建てられたのですが、まさにこの駒形堂がその場所なのです。

江戸時代にはこの駒形堂の近くに船着場があり、船で来て上陸した人が駒形堂にあるご本尊を拝んでから浅草寺に参拝したと言われています。そのため、昔はお堂の正面は川に面していたのですが、何度も焼失して再建するうちに、川を背にするようになりました。

現在では馬頭観音菩薩像が祀られています。浅草寺境内にはないのですが、雷門から歩いてすぐなので、ぜひここから参拝を始めましょう!

訪れたら絶対写真を撮ってしまう!「雷門」

雷門
Photo by Richard, enjoy my life! – 雷門

浅草の雷門の写真と言えば、雷門と書かれた真っ赤な大提灯が印象的な、日本旅行の代表的な写真の一つです。

正式名称は「風雷神門」といい、浅草寺の総門です。風雷神門の由来は、左右にある風神・雷神像から。風雨を司る神様なので、風水害および火災を除けるために祀られています。またその背後には、男性姿の天龍と、女性姿の金龍の像があります。

雷門はパナソニック創業者の松下幸之助氏から寄進されたもので、100年ぶりに再建したものだとか。

その理由は松下氏が病気になった際に浅草寺で祈願したところ治癒したためだそうです。雷門にそんなエピソードがあったなんてちょっと感動ですね。

雷門のインパクトで忘れ気味?「宝蔵門」

Asakusa
Photo by Balon Valium – Asakusa

仲見世通りは割愛してまっすぐ進みましょう。次に見えるのは宝蔵門です。

雷門が大きく有名だし、提灯があるところもそっくりなので、浅草寺を訪れた人もどんな門だったか思い出せないかもしれません。仁王像が納められていることから「仁王門」とも呼ばれます。

江戸時代に、浅草寺は一般の信徒にある期間だけこの門の楼上に登ることを特別に許可しました。当時の人々はこの門の上からの眺めをとても楽しんだそうです。高層ビルなんてない時代だと考えると、人々がどれくらい興奮したか想像できますね。

この仁王門には高さが4.5m、幅1.5m、重さが500kgもある大わらじが飾られています。この大わらじは仁王尊の力を表すもので、「こんなに大きなわらじを履くものがこの寺を守っているのか」と魔が驚いて去っていく、と言われています。

次回浅草寺に行く際は、ぜひわらじの大きさを確認してみてください。

すぐ近くだけど浅草寺ではない!「浅草不動尊」

では、ここで順路を少し逸れてみましょう。

宝蔵門の左手前にこっそりと鎮座しているお堂があります。煩悩と迷いを断ち切ってくれるといわれる、不動明王を祀っている浅草不動尊です。浅草寺の境内にありますが、「宝光山大行院」という、浅草寺とは異なる天台宗のお寺なのです(浅草寺は聖観音宗です)。

不動尊の前にはなで仏のおびんずる像(写真参照)があり、病んでいる部分を撫でると治るのだとか。

おびんずるとは、お釈迦様の弟子の一人のことです。

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あまりにもひっそり佇んでいるので、土日であっても行列に並ばずに触ることができます。(※いつも行列がないわけはありません)

実は台所の神様「三宝荒神堂」

浅草不動尊の隣には、紫色の目立つのぼりが並んでいます。ここには、既に説明した浅草不動尊と同じ「宝光山大行院」の三宝荒神堂があります。

三宝とは「仏・法・僧」を指す言葉で、この3つを宝として守る神様なので三宝荒神と呼ばれています。

三宝荒神さまは昔、かまどに祀られていました。神様は穢れのない場所にお迎えする必要があり、火はすべてを浄化すると考えられていたので、火を使う場所である「かまど」に迎えられたからです。

そのような理由から転じて「台所の神様」「家を守る神様」とも言われます。

荒神さまに参拝する際には「一礼、三拍手、一礼」という少し変わったしきたりになっていますので気を付けましょう。

実は仏様の遺骨を納めているお堂「五重塔」

Sensoji
Photo by Dick Thomas Johnson – Sensoji

五重塔といえば、浅草寺だけではなく奈良や京都でも見られるものですが、なんのために建てられたのかご存知でしょうか?

五重塔には「仏舎利(=お釈迦様のご遺骨)」を納めるという役目があります。

浅草寺の五重塔は、東京大空襲で焼失してしまいましたが、昭和48年に再建されました。五階に収められているご遺骨はスリランカのイスルムニア寺院より譲られたものです。東京大空襲までは、寛永寺の五重塔(上野)、増上寺の五重塔(芝)、天王寺の五重塔(谷中)と共に「江戸四塔」として親しまれており、浮世絵にも登場していました。

今まで素通りしていたかもしれませんが、今度行ったときは塔の前でぜひ足を止めて手を合わせてみてください。

参拝だけでなく、じっくりと見てほしい「本堂」

浅草寺
Photo by Dick Thomas Johnson – 浅草寺

さて、いよいよメインの本堂です。

「観音堂」とも言われ、ご本尊の聖観世音菩薩さまを祀っています。

浅草寺のご本尊は秘仏(ひぶつ=公開せずに祀られる仏像)のため、通常の参拝でお目にかかることはできませんが、御前立本尊さま(おまえだち=ご本尊の代わりに公開される仏像)は12月13日の午後2時に御開帳されるのでそのお姿を拝めることができます。

本堂は何回も火災や落雷で焼失してきました。慶安2年には徳川家光によって再建され、明治40年には国宝に指定されました。大正12年の関東大震災では倒壊しなかったものの、昭和20年の東京大空襲で焼失し、現在のお堂に再建されたのは昭和33年です。

堂内に入り、畳敷きに上がるとその中央には本尊を安置する宮殿(くうでん)があります。堂内に更にお堂があると考えるとイメージしやすいのですが、浅草寺で最も神聖な空間となっています。宮殿の左右には帝釈天と梵天が、宮殿の内部におられるご本尊の左右には愛染明王と不動明王、といったように数々の仏様がおられます。

更に、宮殿の両脇には裏のお堂へ続く道があり、「裏観音」と呼ばれる観世音菩薩もいらっしゃいます。ご本尊と同じ姿をしているという噂ですので、ぜひ一目でもいいので拝んでみてください。

まとめ

浅草寺は長い歴史を持ち、数々の災害による倒壊を、ある時は幕府の庇護で、ある時は民衆の浄財で、たくさんの人に支えられて乗り越えてきました。

雷門・仲見世通り・本堂とお決まりの道を行っても楽しめますが、浅草寺の歴史を知って、もっと寄り道をしながら本堂まで進んでいってもらえたらと思います。

このルートを辿ることで多くの人が知らない浅草寺を楽しむことができますし、このルートから更に寄り道してあなただけが知る場所やお店を見つけることができるはずです。

お読みくださりありがとうございました!

浅草寺へのアクセスはこちら