なぜ山奥の集落が世界遺産に?白川郷の魅力に迫る!

Writer
門田 緑

旅行大好きアラサー女性。拠点は関西。お気に入りの旅先は国内なら新潟と高知、海外ならモロッコとスペイン。のんびりリラックス旅、観光重視アクティブ旅、なんでもござれ。色んな人がワクワクした気持ちになってくれたらいいなと思っています。

世界でも有数の人気観光地である島国・日本。

その独特の文化や歴史が人気の理由の一つでもあります。

昔から外国の文化を積極的に取り入れてきた日本ですが、中国文化の影響を受けた古いお寺や歴史的建造物はもちろん、欧米文化の影響を受けた比較的新しい建築物も、人気の観光スポットになっていますよね♪

また、観光に人気の都市部では巨大なタワーからの景色や楽しいナイトライフなど、まさにアジアの大都会らしい体験・スポットが人気を博しています。

しかし皆さん、せっかく日本に来たからには、”昔ながらの””日本らしい”景色を目にしたくはありませんか?

ここでご紹介する、岐阜県にある「白川郷」は特に外国人観光客に大人気のスポットとなっています!

ハイシーズンになると、駐車場が早くに埋まってしまい付近の道路は大渋滞、なんてことも。

なぜお世辞にもアクセスがいいとは言えない山奥の田舎がこんなに人気なのか、何がそこまで人々を魅了するのか…

この記事では、そんな白川郷の魅力を解説していきます♪

この記事を読めば、次の日本旅行で白川郷を外すなんてできなくなってしまいますよ♪

白川郷の魅力って?

白川郷の魅力はズバリ、”日本の原風景”を楽しめるという点です!!

周りを緑の山々に囲まれ、どっしりと構える何件もの木造の藁ぶき屋根の家屋。

家の前の水田には稲が青々と茂り、その水面に映り込む藁ぶき屋根や緑の山、青い空。

春には庭々の桜に蝶々が遊び、夏は深い青空の下で小川の水の冷たさを感じ、秋には紅葉の中穂を垂れる稲にトンボが舞い、冬にはしんしんと積もる雪の中で明るい月を見上げる…

現代日本人も遠い昔に忘れてしまった、”古き良き日本”の美しい景色がそこにはあります。

東京でも大阪でも見ることができない”日本らしい”景色が、多くの観光客を魅了しているんですね。

ちなみに、この藁ぶき屋根の家屋は「合掌造り」と呼ばれているのですが、それ自体は実は日本の田舎ではたびたび目にするもので、特別珍しいものではありません。

では、なぜ白川郷の合掌造りが世界遺産に認定されたのかというと、理由は2つ。

「白川郷独特の形をした」合掌造りの村が、「今も生活の場として使われている」からです。

「独特の形」と述べましたが、白川郷の合掌造りは「切妻合掌造り」と呼ばれています。

その特徴は「形」と「大きさ」です。本を開いて置いたような急こう配の三角形をした屋根の形は、積雪が多く重い雪質という自然条件に適したものになっています。

また、平地が少なく稲作に不向きな土地柄で、ヒエやアワも自給分を作るので精いっぱいだったそう。そうなると、家内工業として昔から行っていた養蚕業の存在が大きくなり、養蚕を行っていた建物の屋根部分が、ほかの土地の合掌造りと比べて大きくなっていきました。

見た目だけでもこれ程独自の特徴を備えた白川郷ですが、何といっても驚くべきは今も実際に人々が住んで生活しているという点です!

実際に住んでいる家の一部を観光客のために公開してくれているお家もいくつかあり、今も集落の中で息づいている昔ながらの生活を垣間見ることができます。

豊かな自然の中で人々が暮らす様子を見ていると、まるで別世界に入り込んだような不思議な気持ちになります♪

しかしそんな中で、観光客が公開されていないお家を「展示物」だと思って勝手に入り込み、気づいた住人がびっくりして大騒ぎしてしまう、ということも多々あります。

実際の生活の様子を見られるというのは白川郷ならではの魅力なのですが、見学の際には注意も必要ですよ!

白川郷の歴史と落ち武者伝説

白川郷の名が文献等で確認できるようになるのは、12世紀ごろになってから。

でも白川郷の歴史ははっきりと分かってはいません。

元々山奥の豪雪地帯なので、周囲との関わりもあまりなかったからではないでしょうか。

独特な形の合掌造りも、江戸中期の17世紀に原型ができたという「推測」がされているぐらいで、その詳しい経緯などは明らかになっていません。

しかし、その中でまことしやかに噂されているのが「平家の落ち人伝説」です!

その昔、一族で朝廷の要職を占め、富も権力も欲しいままにした平家は「平家にあらずんば人にあらず(平家の者でなければ人間ですらない)」と言ってしまうほどおごり高ぶっていました。

その平家に対して挙兵したのが源氏であり、そこから日本各地で源氏と平家の戦いが始まることになり、更に日本の歴史を大きく変えることになりました。

最終的に平家の敗北で戦いは幕を閉じるのですが、その残党たちが逃れて住み着いたという伝説が残る地域が日本にはいくつか存在し、白川郷もその一つであると考えられています。

一説によると、源氏方の有名な武士・木曽義仲と平清盛の孫・平維盛が倶利伽羅峠で戦い、敗北した平維盛が白川郷まで逃げ、そこで生き延びたという伝説があります。

まさに「天下分け目の戦」ともいえる戦いを経験した武将が生きた地かもしれない…と思うとワクワクしてきますね♪

今の白川郷ののどかな風景からは、武士が住み着いていたというのは想像もできませんが、「かつて都で隆盛を極めた武士が、どのような気持ちでこの景色を見ていたのだろう…」と思いを巡らせて歩いてみると、また違った見方ができますよ。

白川郷へのアクセス

公共交通機関で行く場合は、まず電車で各方面からの最寄り駅に向かい、そこからバスに乗り換えるのが一般的です。

東京・大阪から

JRの「金沢駅」まで電車で向かい、金沢駅から濃飛バスで1時間15分。

名古屋から

JR名古屋駅から岐阜バスで3時間10分。

北陸新幹線が開通したため、東京からのアクセスが1時間以上短くなりました♪

また、車で行く場合は、東海北陸自動車道の「白川郷IC」または「荘川IC」で降りて白川郷へ向かってください。

白川郷付近には鉄道が通っていないため、アクセスは車かバスに限られます。そのため、白川郷付近の駐車場はかな~~~~り混雑します!!

バスツアーの団体客が増えているのもあり、人気シーズンになるとそもそも駐車場に入るのに数時間待つというのもザラです…。なので、白川郷に行くときはなるべく朝の早い時間から動くのをおすすめします!

料金、イベント情報

白川郷には入場料は必要ありませんが、エリア内の博物館等に入るには入館料が必要な場合があります。

その場合は、大人で300円というところが多いです。

また、白川郷のイベントで最も人気なのはライトアップです!

開催時期は1月中旬~2月中旬の週末であることが多いのですが、年によって変わることもありますので、公式HPなどでご確認ください。

暗闇で厳しい寒さの中、合掌造りの明かりがぼんやりと灯り、初めて見るのにどこか温かく懐かしい景色です。

限られた時期でしか見られないイベントなので、ぜひ参加してくださいね!

まとめ

“古き良き”日本の原風景を楽しめる白川郷。

現代日本人が都会の便利な生活の中で忘れてしまったもの、失ってしまったものが全てそこにあります。

山や里を切り拓いて、まばゆいネオンや刺激的なナイトライフが生み出される前、私たち日本人は自然を敬い、その美しさに敬服し、村人全員で知恵と力を出し合い少ない食料と材料をやりくりしながら生きていました。

屋根には釘を一本も使わず、少ない自然光を活用するため家屋を南北に面して建てるなど、ここでは説明していない白川郷の魅力がまだまだたくさんありますので、ぜひご自分の目で確かめてくださいね♪

次の旅行では、“昔ながらの日本”に会いに行きましょう。