日本には多くの寺院があり、その中には「霊場」と呼ばれる特別な場所もあります。
和歌山県の高野山、滋賀県の比叡山と並んで、青森県にある恐山は日本三大霊場の1つと呼ばれています。
寺院は、仏教という宗教を通じて生と死を感じる場所ですが、恐山は宗教的なものに民俗信仰的なエッセンスも含まれていて、もっと直接的に生と死が交わる場所であるような気がします。
しかも、そんな場所が日本の中でも遠い北の果ての土地にあるなんて、神秘的な気がしませんか?
わたしのパートナーがたまたま恐山の麓の出身だったため、恐山はいつもスグソコにありました。
肌で感じた恐山の雰囲気と、地元民だから知っているポイントをお伝えしたいと思います。
恐山は、世間で思われているほど暗い雰囲気ではありませんが、死者を尊び、また愛しく思う気持ちがあふれる場所であることは確実です。
少しでも、恐山の雰囲気を感じてもらえるとうれしいです。
Contents
恐山って心霊スポットみたいだけどお寺なの?~実は日本三大霊場のひとつ~
霊場(れいじょう)とは、神仏の霊験あらたかな場所を意味する言葉で、神社・仏閣などの宗教施設などの信仰の対象になっている場所を指します。現在でもお遍路や修験者などが多く集まるほか、山岳信仰をはじめ、さまざまな信仰に根ざした場所も多くあります。
文字のイメージだけで、「恐山」「霊場」などと書くと、まるで心霊スポットみたいな印象を受けてしまいますね。
恐山は、下北半島の中心部分に位置する標高800mの山全体が霊場になっています。
恐山という名は山の名前ではなく、元々は「宇曽利山」が噴火し陥没して出来た「宇曽利湖」(「宇曽利山湖」と称することもあり)という名のカルデラ湖と、その外輪山の八峰を含めた地域のザックリとした呼び名であり、特に霊場である部分を「恐山」と呼んでいるようです。
日本三大霊場の中では、高野山と言えば「金剛峯寺」、比叡山と言えば「延暦寺」といった具合にお寺の名前がセットになっていますが、恐山の場合には日本人でもなかなかお寺の名前が出てきません。
恐山のお寺は「恐山菩提寺」と称され、ご本尊は地蔵菩薩様です。
開山は862年と言われ、慈覚大師円仁というお坊さんによると伝えられています。
慈覚大師が唐で修行中、夢枕に立った高僧のお告げがあり、「汝、国に帰り、東へ向かうこと三十余日の所に霊山あり。地蔵尊一体を刻し、その地に仏道をひろめよ。」と言われました。
帰国した慈覚大師は、お告げに従って東へ向かい、霊山に適した土地を探して歩いた末に本州最北の地である恐山に辿りつきました。
恐山は天台宗の修験道場として栄えましたが、いったん廃寺となった後、1530年に再興されました。その後は霊場として知れ渡り、戦後には全国から参拝者が集まるようになりました。

恐山にはイタコがいるって聞いたけどイタコってなに?~イタコの口寄せは別れた死者との架け橋~
恐山と言えば、「イタコの口寄せ」が有名です。
「イタコの口寄せ」とは、「イタコ」と呼ばれる女性が死者の霊を呼び起こして、現世で故人と対話ができるようにしてくれることを言います。
「イタコ」は、死者の霊を降ろすことができる巫女さんのことで、いわゆるシャーマンのようなものです。
「イタコ」の多くは、生まれながらに盲目であったり、幼少期に視力を失ってしまった女性です。彼女たちは修行を重ね、能力を備えるようになります。修行を終えて神降ろしの儀式を経て、神の花嫁となり「イタコ」と呼ばれるようになります。
恐山では、夏と秋の2大大祭の時に多くのイタコさんが集まり、亡き死者の霊をこの世に呼び戻す「口寄せ」が行われます。
昔から「大祭の日に地蔵を祈れば、亡くなった人の苦難を救う」と伝えられているため、大祭の日には全国から多くの人が集まります。この日に合わせてイタコさん達がやってきて、一人ずつ小屋を作り、当日は小屋の中で亡くなった人の霊を降ろしてくれます。これは予約ができず、先着順です。人気のあるイタコさんの小屋の前には、長い行列ができるそうです。
「イタコの口寄せ」は、お寺の行事ではなく習俗的なものです。お寺は場所を貸しているだけです。
「イタコ」自体は、本来は町のカウンセラー的な存在で、普段は津軽や八戸などの青森県内の各地に住んで活動しており、大祭の日だけ恐山に出張してくるのです。
仏教的な信仰だけでなく習俗的な信仰を含めて、見るもの聞こえるものの全てが「霊場」として強く印象づけられる場所、それが恐山なのです。

恐山には何があるの?~三途の川をはじめ地獄と天国をわかりやすく体験できる公園のような所~
恐山には、その地形を生かして霊界を参拝者に紹介し、簡単に仏の教えを理解してもらえるような箱庭を巡る遊歩道があります。
まず、お寺の入り口の前には「三途の川」があり、車やバスの左手には赤い太鼓橋が見えます。
三途の川の手前が「現世」で川を渡ると「あの世」です。
この川にかかる赤い太鼓橋は渡れるようになっていますが、これを渡ると「冥土」ですから、現世に生きる私たちがこの橋を無理に渡る必要はありませんね。
ちなみに、罪人は三途の川にかかる太鼓橋が針の山に見えて、渡れないのだそうです。

三途の川を渡って恐山へ入ると、広い駐車場の先に総門見えます。両側には、お寺の立派な施設が広い敷地の中に建っています。
その先に山門がドドーンと現れます。山門の前にはお地蔵さま。カラフルな風車もお供えされています。

恐山のご本尊が地蔵菩薩なので、山門周辺だけでなく、お寺の中のあちらこちらにたくさんのお地蔵さまがいらっしゃいます。
風車は輪廻の象徴でもあり、亡くなった子供が遊べるようにお供えします。
お地蔵さまは子供の守り神なので、風車をお供えします。
寺院内は、お花やお線香をお供えする場所がありません。
風車は、お花の代わりにお供えするものでもあり、入り口の売店に売っています。
また、お堂などに草履がくくりつけられていますが、これはあの世から現世に降りてきた霊があの世に戻る際、旅支度の手拭いと草履を持って無事帰れるようにお供えしたものです。この草履や手ぬぐいも、入り口の売店で売っています。
お供えをするのであれば、入り口の売店を要チェックです。必要なものはひととおり揃っています。

地面のあちらこちらには、積み石があります。
これは、幼くして亡くなった子供が三途の川のほとりで「親に先立って亡くなった親不孝の罪」によって苦を受けるというものです。子供が石を積んで、もうちょっとで完成というところで、鬼に壊されるというお話ですね。
積み石の塔を完成させると親への供養になり、自分も救われると言われています。そのため、多くの石の塔があります。

境内に入り本堂にお参りした後、左手に進むと荒涼とした岩場が現れ、硫黄臭が強く感じます。ここからは、地獄めぐりの遊歩道です。
血の池地獄や無間地獄など、あらゆる名前の付いた地獄や賽の河原、浄土ヶ浜を巡ります。一周、概ね40分程度で回れます。
荒涼とした大地からは、所々で火山性のガスが噴出していますから、絶対に禁煙です。

巡る地獄の中には、「血の池地獄」なんていう名前のものもあります。池の水が、まるで血のように赤いため、このように名づけられました。
これは、火山性の物質が水に溶け込んでいるため、池の水が赤く見えるのだそうです。
池の大きさも、わたしが行った時にはこの程度でしたが、パートナーが中学生の頃にはもっと大きかったと言っていました。

こんな地獄の続いた道の先には、「極楽浜」が現れます。
これは「宇曽利湖」で、活火山であるこの地の火口湖です。
火山性の成分が多く含まれるため、天気や見る角度によっては、とてもきれいなブルーの湖水に見えます。

ちなみに、多くのネット情報では「人は死ねば、お山(恐山)さ行ぐ。」と下北の人々は信じて山に祈りを捧げてきました、的なことが書かれていますが、わたしのパートナーによると、地元でもそんな話は聞いたことが無いそうです。
恐山の登山口の町に住んでいたのにも関わらず、です。
時代とともに、言い伝えも信仰も変わってきているのかもしれません。
逆に彼が言うには、身内に不幸があった人が山に入ると山の神様の機嫌が悪くなるという理由で、山登り遠足を欠席した同級生がいたそうです。欠席理由として認められる事自体が信じられませんが、これはコレで山岳信仰的であり、説得力がありますね。

恐山の施設情報~日帰り温泉もあるし、宿坊があるから宿泊も可能~
それでは、恐山の施設情報を記しておきましょう。
恐山霊場
開門時間 :6:00~18:00
入山料 :500円
恐山大祭 :7月20日~7月24日
恐山秋詣り:体育の日を最終日とする土・日・月曜日
開山 :5月1日~11月上旬
問合せ :恐山寺務所 0175-22-3825
恐山には、お寺と地獄めぐりのお参りだけではく、温泉も楽しむことができます。
硫黄のにおいが立ち込めているので、薄々お察しいただけると思います。
恐山における温泉は、本来は温浴を楽しむものではなく、沐浴がわりに温泉で身体を清めてからお参りなければならなかったそうです。他のお寺のように、滝などの冷水で身を清めるより、楽な感じがしますね。
こちらの温泉は硫黄臭が強く、あまり大勢の人が入っているのを見たことはありませんが、温泉好きな人は入浴されるそうですよ。
日帰り入浴施設は、「男湯」「女湯」「男女入れ替え湯」「混浴」の4つがあり、入山料さえ払えば入浴し放題です。男女それぞれ、最高3か所まで入ることができますね。
ただし、施設の外観はこんな感じです。

この写真は混浴の「花染の湯」ですが、他の施設も概ねこんな感じの木造の簡単な作りの建物です。
シャワーやボディーソープなどの設備は無く、洗い場も無く、ただ湯船があるだけです。
入る時には湯船の湯を、しっかりかけ湯してから入りましょう。
シャワーなどが無いということは、お風呂からあがるときに真湯を掛けて流すことはできません。お肌にガッツリ温泉成分が付いた状態で帰ることになります。
こちらのお湯は硫黄泉で且つ強い酸性ですから、個人的にはお肌の弱い人にはおすすめしません。それに、次にお風呂に入るまで、ずーっと硫黄臭いことになるので覚悟が必要です。
日帰り施設には温泉分析表は掲示されていないため、成分についてはわかりません。一応「含鉄・硫黄-ナトリウム-塩化物泉」と一般的に言われています。4つのお風呂それぞれにお湯の色が異なるので、源泉が違うのではないかと思われます。
お湯の色は白濁しており、湯の花が舞っています。

ここまで特色のあるお湯を持つ温泉があれば、「秘湯っぽい温泉宿があってもいいなぁ」なんて思いますよね。
実は恐山には「温泉宿」はありませんが「宿坊」があり、温泉を楽しみながら宿泊することができます。
わたしは宿泊したことはありませんが、建物はとても立派ですし、お食事の精進料理は好評だそうです。
下界から遠く離れており、テレビや冷蔵庫などももちろんありません。非日常を楽しむのであれば、こんなに良い環境は無いと思います。
恐山温泉宿坊吉祥閣
宿泊料金:1泊2食12,000円
TEL:0175-22-3826
FAX:0175-22-3825
※一週間前までに要予約
夏祭典(7月20日~7月24日)、秋祭典(10月の体育の日を最終日とする3日間(土、日、月))中に関しては別途料金
宿坊のお風呂は、日帰り施設とは異なって明るく解放感があり、シャワーもシャンプーもボディソープもあるそうです。アメニティは、浴衣・フェイスタオル・バスタオル・歯磨きセットがあります。
温泉データ
泉熱/70℃~90℃
泉質/酸性・含硫黄ーナトリウムー塩化物・硫酸塩泉(硫化水素型)(低張性酸性高温泉)pH2.34
この情報から、効能は次のとおりです。
酸性が強いので、長湯は厳禁です。ちゃんと上がり湯を浴びてから出ましょう。殺菌効果の高いお湯なので、皮膚に傷があるとピリピリするかもしれませんね。水虫などの細菌系の皮膚疾患には、特に効き目が高いと思います。
また、硫黄泉なので、アクセサリーは外してから入らないと、変色してしまいますから注意してください。特にシルバーの指輪などは注意が必要です。
恐山へのアクセス~途中にとってもお得なスポットも~
地図を見ただけで、地の果ての山の中だってわかりますよね。
車であれば、国道279号線を利用し、むつ市内に入ると大きな看板があちらこちらに出て来るので、迷うこと自体が難しいです。ナビを使えば、まず迷うことはありません。
問題は、鉄道でのアクセスです。
下北半島を観光するには、東北新幹線で「八戸」「七戸十和田」「新青森」のいずれかで下車し、そこから「青い森鉄道」またはバスを利用し、「野辺地」駅に向かいます。そこから更に「大湊線」を利用して「下北」駅まで行きます。
東北新幹線を下車する駅別に整理すると、次の通りです。
- 八戸 →(青い森鉄道)→ 野辺地 →(大湊線)→ 下北
- 七戸十和田 →(バス)→ 野辺地 →(大湊線)→ 下北
- 新青森 →(奥羽本線)→ 青森 →(青い森鉄道)→ 野辺地 →(大湊線)→ 下北
最終的には、必ず野辺地駅から大湊線に乗ることになるのがお分かりですね。
この大湊線の列車の本数が少ないので、アクセスが困難なのです。
わたしが里帰りするときは、いつも八戸駅で東北新幹線を下車し、そこから青い森鉄道に乗車して野辺地駅で大湊線に乗り換えます。運が良ければ大湊線直通の列車もありますし、新幹線の特急料金も節約にもなります。
なにはともあれ、恐山に行くためには最終的には「大湊線」に乗って「下北駅」を目指しましょう。

下北駅は、大湊線の終点の1つ前の駅です。ここは、本州で最北の鉄道の駅です。
この下北駅から、バスが1日に4往復あり、片道約40分です。
夏と秋の大祭には、バスが増発されるので便利ですが、たくさんの人が訪れるので渋滞もします。車で行くにしても、バスで行くにしても、時間に余裕をもってお出かけください。ゆっくりお参りしたい人なら、大祭の日は避けた方が賢明です。
参考サイト
JR東日本公式HP:http://www.jreast.co.jp/
下北交通HP:http://www.0175.co.jp/s/
さて、路線バスで停車するスポットに「恐山冷水」という場所があります。
バス停の名は、ズバリ「冷水」です。
1杯飲むと10年寿命が延びるという話を聞きましたが、看板には不老長寿と書かれています。
感覚的には、関東の人ならご存知の「1つ食べれば7年寿命が延びる」という箱根大涌谷の黒たまごみたいなものですが、黒たまごは5個入り500円なのに比べ、こちらのお水は無料です。
ちなみに、ここが俗界と霊界の境目とも言われています。(ん?この先にある三途の川はどうした?という疑問はさておき)
路線バスも大抵は一時停車してくれますので、是非、ありがたい清水を飲んでみてください。

まとめ
「恐山」というところは、字の見た目が怖いだけで、実は全然怖くないお寺さんで、自然と宗教と習俗が交じり合った信仰の山であることがお分かりいただけたと思います。
では、ここまでのポイントを整理してみましょう。
- 恐山は日本三大霊場のひとつで、昔から多くの人の信仰を集めてきた場所。
- 恐山という名の山は無く、お寺は「恐山菩提寺」で、ご本尊は地蔵菩薩さま。
- 恐山には、その地形を生かして「地獄めぐり」などの霊界を紹介する遊歩道がある。
- 恐山は火気厳禁。お線香やお花に代わる風車や草履をお供えしましょう。
- 恐山には、入山料さえ払えば入り放題の立ち寄り湯があり、更にゆっくりお勤めをしてお寺の雰囲気を味わうなら宿坊で温泉気分も味わえる。
- 恐山へのアクセスは、車なら国道279号線で。鉄道なら東北新幹線を利用後、大湊線を利用し、最後は1日4本のバスで。
みなさんは、いつ頃休暇を取って恐山に行きますか?
下北半島に行くなら、わたしのオススメは「夏」です。しかも夏の盛りの7月下旬から8月が最適です。9月も中旬になると、もう秋の長雨が始まります。
しかし、実のところ恐山の夏は恐ろしく暑いのです。
下北半島の夏は、もちろんエアコンなどが必要ないほど快適です。
でも恐山は、荒れ果てた石や岩がゴロゴロしている大地にお寺の建物がいくつかあるだけで、地面からは温泉やら火山性のガスが吹きだしています。
晴れると日陰が無く、地面が白っぽいので照り返しがキツイい上に、地面からは熱が噴出しているんですよ。7月の大祭の日に訪れたわたしは、あまりの暑さにバテてしまいました。
みなさんも夏に恐山を訪れる場合には、暑さ対策をしっかりして、熱中症にならないようにしてくださいね。帽子は必須ですよ。
ただし、夕方には急に涼しくなりますから薄手の羽織りものを用意したほうが良いでしょう。

最後に、もしみなさんが車で訪れるのであれば、恐山の外輪山のひとつである「釜臥山」まで足を延ばすことをおすすめします。
下北半島の中で一番大きな町がむつ市ですが、ここを一望できるのが釜伏山展望台です。
昼間で天気が良ければ、むつ市どころか下北半島全体だけでなく、南は陸奥湾の向うに八甲田の山々を、振り返れば宇曽利山湖の青い湖面の向うに北海道までも眺められます。
でも、ここの本当のおすすめは夜です。
ここからの夜景は、羽を広げるアゲハ蝶のようだと言われており、日本夜景100選にも選ばれています。
展望台の利用は、5月1日~11月3日の8:30~21:30で、しかも無料です。
わたしが里帰りすると、毎日家の窓から釜臥山を眺めています。
もし遠くからこの山を探すなら、山頂にある自衛隊の大きな白いレーダードームが目印です。
次回、わたしが里帰りするのは夏休みです。また、お義父さんにおねだりして釜臥山に連れて行ってもらおうと思っています。
みなさんも、恐山まで行ったらついでに夜景を見に行ってみませんか?


千葉生まれ埼玉育ち東京在住のオバサンです。城好き、歴史好き、文化遺産好きの鉄子です。主に文化的歴史的な側面から、東北や甲信地方の観光地を中心に、その魅力をご案内します。